【本田宗一郎のデザイン論】
岩倉信弥(多摩美術大学理事・教授、本田技研工業元常務)
本田宗一郎さんはいつもしつこいくらいに
「良いものをつくるには良いものを見ろ」
とおっしゃっていました。
ある時、こんな苦い経験をしたことがあるんです。「初代アコード」の4ドア版を作っていた時の事でした。
僕らのデザインチームは、4ドアを従来の3ドアの延長線上に考えて開発を進めていた。
ところが本田さんは「4ドアを買うお客さんの層は3ドアと全然違うぞ」と言ってはばからない。
ボディは四角く、メッキを付け、大きく高そうに見えるようにしろと言われるのです。
僕は内心、そんな高級車はよその会社に任せればいいと考えていました。ほんの気持ち程度の対応しか見せない僕らに、
本田さんは「君たちはお客さんの気持ちが全然わかっていない。自分の立場でしかものを見ていない」と日ごとに怒りを募らせていきます。
毎日似たやり取りが続き、我慢の限界と感じた僕は「私にはこれ以上は出来ません。そんな高級な生活はしていませんから」と口にしていました。
本田さんはそれを聞くなり「バカヤロー!」と声を荒げ、「じゃあ聞くが、信長や秀吉の鎧兜や陣羽織はいったい誰が作ったんだ?」と言われたのです。
大名の鎧兜を作ったのは、地位も名もない一介の職人。等身大の商品しか作れないのであれば、世の中に高級品など存在しなくなる。
自分の「想い」を高くすれば出来る。心底その人の気持ちになればできるんだ。
作り手は、その人が欲しいのはこういうものだということが分からなければダメなんです。想像する力ですね。像を想う。その人になり切る。
それが出来なければ良いデザインは生まれない、と教えて下さったのです。
僕が40才になった時「形は心なり」という言葉が胸の中に浮かんできました。
やはり良い心でものを考えないと良い製品は出来ないし、形のいい製品はやはり良い心で出来ているんだなあと思うようになりました。
365人の仕事の教科書(致知出版)
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